うまいと評判のチャーハンを食べに行く
友人の桑田孝夫が言う。
「なあ、これからチャーハン食いに行かねえ?」
唐突だったので、思わず「えっ?」と聞き返してしまった。
「だから、チャーハンだって。うまい店知ってるんだ」
「あー、チャーハンか。別にいいけど」その店へ行くことにした。
途中で桑田が自動販売機に寄る。
「喉が渇いちまってな」ポケットから小銭を取り出し、オレンジ・ジュースを2本買った。
当然、1本はおごりだと思う。
「あっ、サンキュー」と手を伸ばす。
ところが、
「はあっ? 2本ともおれが飲むんだ」
冗談かと思ったら、本当に2本とも飲み干してしまった。内心、ムッとしたけれど、喉が渇いていたわけではないので黙っていた。
しばらくして、また自販機で2本買っている。
「よく、そんなに入るね。よほど喉がからからだったの?」半ばあきれながら聞いた。
「4本も飲めるわきゃないだろ。1本やるから、お前も飲めっ」
わけがわからない。
チャーハンの店へとやって来た。
「あった、あった。ほら、ここ。この店だ」よほどチャーハンが楽しみと見える。まるで、子供のようなはしゃぎっぷりだ。
外見からは特別な感じはしない。どこにでもある大衆食堂、といったふうだ。
2人して店に入る。
テーブルが3つの、さほど広くもない店内だ。そのテーブルも、だいぶ年季が入っている。
テーブルに着くと、腰の曲がった老人が注文を取りに現れた。
「何にするね」店主が尋ねる。
「チャーハン2つっ」桑田は迷うことなく、オーダーした。わたしも注文をしようとしたのだが、桑田の頼んだ「2つ」に、もしかしたら一緒に入っているのかもしれない。だとしたら、1つ余ってしまうことになる。
けれど、自分1人で2皿とも平らげるつもりかもしれない。さっきの缶ジュースの件もあるから、十分に考えられることだった。
逡巡しているうち、つい注文を出し損ねてしまう。心の中はもんもんとしていた。
チャーハンが運ばれてくる。一応、桑田とわたしの目の前に置かれてはいた。果たして、これは食べてもいいのだろうか。
わたしが手を付けられずにいる間、桑田はぺろりと食べ終えていた。わたしのチャーハンに目をくれると、
「なんだ。おまえ、チャーハン嫌いだった?」
やっぱり、自分の分だった!
「ううん、大好きだ」ほっとしてレンゲを手に取ると、再び店主がやって来て、すまなそうに頭を下げた。
「そろそろ、閉店なんでな。チャーハンは、わしが包んでやろう」
店主は新聞紙に直接チャーハンをあけ、不器用な手つきでくるみ始めた。新聞紙に油が染み出るわ、隙間という隙間から飯粒がはみ出すわ、こんな汚らしい包装、いままでに見たことがない。
まだ温かい包みを持たされ、わたし達は店を出た。
空きっ腹を抱えながら歩くわたしに、桑田が話しかけてくる。
「よかったなあ、チャーハンをテイク・アウトできて。あの店のチャーハンは門外不出なんだぜ」