カエルを追いかけて
部屋の中に、小さな茶色いカエルがぴょこん、と飛び込んできた。続いて、芦田愛菜ちゃんが息せき切って駆けてきて、
「お願い、わたしのカエルちゃんを捕まえてっ!」と叫ぶ。
「よしきたっ」わたしはカエルを追いかけた。隅まで詰め寄り、両手を伸ばす。あとちょっとのところで、愛菜ちゃんがまた大声をあげた。
「ダメーっ! そのカエルちゃん、猛毒なんだからっ。ちいちゃいけど、1匹で1万人くらい、殺しちゃうんだよっ!」
わたしはギョッとして、手を引っ込める。ついでに、3メートルくらい後ろに飛びすさった。
「愛菜ちゃん、そういうことは先に言おうよ。うっかり、素手で触っちゃうところだったでしょ」
「ごめんなさい……」愛菜ちゃんのこういう素直なところが可愛い。「あっ、カエルちゃんが逃げちゃうっ」
カエルはこの隙とばかり、ぴょんぴょん跳ねていき、窓枠に飛び上がった。
悪いことに、窓は全開だった。カエルはくるりとこちらを振り返ると、ちろっと舌を出す。いかにも馬鹿にしたような仕草だ。
「こ、このチビガエルめーっ」ムキになって飛びかかる。
「毒ガエルだよおっ!」愛菜ちゃんに言われてはっと思い出し、振りかざした手を慌てて引っ込める。
部屋を見回し、何かないかと探す。テーブルの上に、ガラスのコップが置きっぱなしだった。こいつで捕まえよう。
コップを手に振り返ってみると、カエルはとっくに表へ逃げていた。
まずい、このままでは街中に被害が出る。
わたしと愛菜ちゃんは急いで家を飛び出し、カエルを追いかけた。
相手は大人の指先くらいの小さな生き物だ。それなのに、逃げ足がやたらと速かった。なかなか追いつけない。
角から、マツコ・デラックスがいきなり現れた。
1歩先を走っていた愛菜ちゃんが止まりきれずにぶつかり、ぼいーんと弾かれてしまった。
「ななな、なんなのよ、あんた。大丈夫?」マツコ・デラックスが愛菜ちゃんをひょいっとつまんで、立たせる。
「うん……大丈夫……ですぅ」
「道をやたらに走っちゃダメじゃないの。って、あら。あんた。愛菜ちゃんじゃない。いったい、どうしたっていうのよ」
わたしは、まだカエルがそこら辺にいるんじゃないかときょろきょろと目で探す。
すぐに見つかった。マツコ・デラックスの、ぽってりした腹の上に乗っていたのだ。けれど、茶色が脱色されて薄い緑色になっている。心なしか、ぐったりとして見えた。
マツコ・デラックスに毒気を抜かれ、ただのアマガエルに戻ってしまったに違いない。