muenyの夢絵日記

観た夢を絵日記ふうに。

のどかな散歩道

見出し画像 昼下がりの城下町。穏やかな日差しが、狭い路地を暖かく照らしている。とかく坂の多い所だった。尾道を思い起こす軒並みである。

 苔むした石段を下りていくと広場に出た。中心には、御影石を積み上げただけの古い井戸がある。井戸の周りで洗濯をする女性、大きな楡の木の影で立ち話をする商人、縁側に座って茶菓子をつまむ老人達、人が穏やかに集まっている。
 大声で話す者がないせいか、風が木の枝を揺らす音ばかりが聞こえてくる。磯の香りが漂ってくるところをみると、ここはどうやら浜に近いに違いなかった。

「布団を干すかねぇ」と誰かが言った。
「うん、そうしようかい。なんたって、こんなにいい陽気だもんなぁ」
 4、5人の主婦や老婆が、布団を抱えて家から出てくる。そばの古いコンクリート塀は、すぐに布団でいっぱいになった。
 布団は色も柄も様々だ。白地にピンクのバラが描かれていたり、鶴の飛びたつ様があしらわれていたりと、まるで広場の一画にちょっとしたギャラリーが開かれたかのよう。

 どこからか茶色いトラネコがやって来た。狙いを定めて、たんっと塀の上に飛び乗る。小さな獣にとって、それは造作もないことだった。
 そのまま歩いていき、いま干したばかりの布団の上で、ぱふんっと伏せる。香箱を組むと、さも気持ちよさそうにあくびをした。

 せっかく干したのに、毛だらけになっちゃうな。
 布団の持ち主がやって来て、あのトラネコを叱り飛ばすかもしれない。寝ているネコを起こすのは、どこか罪悪感があるものだ。わたしはネコの心配をする。

 老婆が布団へ近づいてきた。
 そら、きっとはたかれるぞっ。

 けれど、老婆はそうしなかった。トラネコの背中をさすってやりながら、
「いい天気だなぁ、あんたもいい気分かい? そうだろうともなぁ、ああ、そうだろうねぇ」と話しかける。
 杞憂だった。この辺りの人達は、誰も彼も親切で心優しい。昔からそうだった。これからもずっとそうだ。

 わたしはそのことをうっかりと忘れていたのだ。

 

ウレタンのピラミッド

見出し画像 道端にピラミッドが捨てられていた。胸くらいの高さはある。
「通り道にこんなもの捨てるなんて、近頃のエジプト人はマナーが悪いなあっ」
 せめて邪魔にならない所へと、ピラミッドを力いっぱい押した。思いのほか軽く、勢い余って、ずでんっとつんのめってしまう。
 ピラミッドはウレタンで出来ていた。
「くう……エジプト人たら、ほんとにもうっ」

 ウレタン製のピラミッドを、ぎゅうっと丸める。すると手のひらに収まるほどコンパクトになった。そのままポケットに押し込む。
 
 わたしは新宿御苑に向かう途中だった。この時期の御苑は桜が見頃だ。
 中に入り、日本庭園辺りまで来たとき、
「そうだ。ここに、さっきのピラミッドを置いてみたら映えるかも」と思い付く。
 ポケットからのぞくウレタンをつまむと、えいっと引っぱり出した。ぽんっ、とピラミッドが飛び出す。地面の上で2度3度弾んだ後、桜の木の下に落ち着いた。
 数千年もの間そこにあったかのように、とても馴染んで見える。
「悪くないな。ほかの花見客も、きっと大満足してくれるに違いない」わたしはひとりうなずいた。

 ピラミッドにはファスナーが付いていて、下ろすと中へ入れるようになっていた。中は空っぽで、まるで小さなテントのようだ。
「座禅を組むのにいいかも。下地もふかふかのウレタンだし、足が痛くなることもなさそうだし」
 わたしはピラミッドに潜り込み、内側からファスナーを閉じた。完全な闇となる。

 座って足を組んでみた。さっそく、心が落ち着いてくる。あんまり暗いものだから、自分でも目を閉じているのか開いているのかわからない。
 ピラミッド・パワーの成せる技か、外の様子が手に取るようにわかった。桜の花びらが舞い落ちる音さえ、耳に入ってくるのだ。

 大木戸門の辺りから、見知った足音が近づいてくる。ああ、友人の桑田孝夫と志茂田ともるだな。あっちから入ってきたということは、丸ノ内線で来たのか。
 2人は何も知らずにこちらへ向かってきた。
 池のそばにピラミッドがあるのを見つけ、
「おい、見ろよ志茂田。こんなところにピラミッドがあるぞっ」
「なんでしょうかねぇ、春のイベントかもしれませんね」

 わたしはファスナーをそっと下ろし、顔を出した。
「やあ、2人ともっ」桑田と志茂田は、ギョッとして後ずさりをする。「入っていかない? 古代エジプトの神秘を体験させてあげる」
 けれど、両者とも顔を見あわせて、遠慮がちに言うのだった。
「いや、今日はやめとくよ。ほら、あれだ。まだ、ほかの桜も見て回らなきゃならないしな」
「ええ、ええ、そうですとも。それに、わたしはピラミッド・アレルギーでして……」

 桑田達は去っていった。本人達はひそひそ話しているつもりかもしれないが、わたしにはすっかり聞こえていた。
「ピラミッドだぜ。小学生かっ、つうの。なあ、志茂田」
「危うく、われわれも巻き込まれるところでしたなぁ。ふう、やれやれです」
 ふだんのわたしなら怒り狂ったかもしれない。けれどいまは、ピラミッド・パワーの力を宿しているのだ。自分でも驚くほど冷静だった。

 ハトのフンを頭の上に落としてやる。今日はそれだけで勘弁してやろう。

 

うまいと評判のチャーハンを食べに行く

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 友人の桑田孝夫が言う。
「なあ、これからチャーハン食いに行かねえ?」
 唐突だったので、思わず「えっ?」と聞き返してしまった。
「だから、チャーハンだって。うまい店知ってるんだ」
「あー、チャーハンか。別にいいけど」その店へ行くことにした。

 途中で桑田が自動販売機に寄る。
「喉が渇いちまってな」ポケットから小銭を取り出し、オレンジ・ジュースを2本買った。
 当然、1本はおごりだと思う。
「あっ、サンキュー」と手を伸ばす。
 ところが、
「はあっ? 2本ともおれが飲むんだ」
 冗談かと思ったら、本当に2本とも飲み干してしまった。内心、ムッとしたけれど、喉が渇いていたわけではないので黙っていた。

 しばらくして、また自販機で2本買っている。
「よく、そんなに入るね。よほど喉がからからだったの?」半ばあきれながら聞いた。
「4本も飲めるわきゃないだろ。1本やるから、お前も飲めっ」
 わけがわからない。

 チャーハンの店へとやって来た。
「あった、あった。ほら、ここ。この店だ」よほどチャーハンが楽しみと見える。まるで、子供のようなはしゃぎっぷりだ。
 外見からは特別な感じはしない。どこにでもある大衆食堂、といったふうだ。
 2人して店に入る。

 テーブルが3つの、さほど広くもない店内だ。そのテーブルも、だいぶ年季が入っている。
 テーブルに着くと、腰の曲がった老人が注文を取りに現れた。
「何にするね」店主が尋ねる。
「チャーハン2つっ」桑田は迷うことなく、オーダーした。わたしも注文をしようとしたのだが、桑田の頼んだ「2つ」に、もしかしたら一緒に入っているのかもしれない。だとしたら、1つ余ってしまうことになる。
 けれど、自分1人で2皿とも平らげるつもりかもしれない。さっきの缶ジュースの件もあるから、十分に考えられることだった。

 逡巡しているうち、つい注文を出し損ねてしまう。心の中はもんもんとしていた。
 チャーハンが運ばれてくる。一応、桑田とわたしの目の前に置かれてはいた。果たして、これは食べてもいいのだろうか。
 わたしが手を付けられずにいる間、桑田はぺろりと食べ終えていた。わたしのチャーハンに目をくれると、
「なんだ。おまえ、チャーハン嫌いだった?」
 やっぱり、自分の分だった!
「ううん、大好きだ」ほっとしてレンゲを手に取ると、再び店主がやって来て、すまなそうに頭を下げた。
「そろそろ、閉店なんでな。チャーハンは、わしが包んでやろう」

 店主は新聞紙に直接チャーハンをあけ、不器用な手つきでくるみ始めた。新聞紙に油が染み出るわ、隙間という隙間から飯粒がはみ出すわ、こんな汚らしい包装、いままでに見たことがない。
 まだ温かい包みを持たされ、わたし達は店を出た。
 
 空きっ腹を抱えながら歩くわたしに、桑田が話しかけてくる。
「よかったなあ、チャーハンをテイク・アウトできて。あの店のチャーハンは門外不出なんだぜ」

 

雲間を走る月を眺めて

 

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まるで野原のような広い部屋のど真ん中に、1組だけ布団を敷いて、わたしは仰向けに寝そべっている。

 天井はなく、夜の空がそのまま見渡せた。満月は明るく、部屋の隅々まで照らし出す。時折、黒い雲が疾風のように走り去る。つかの間月を覆い隠し、そのたびに部屋は闇に包まれた。

「まるで、世界の再生と破壊のようね」傍らでつぶやく声がする。顔を向けると、いつからいたのか、月よりも白い顔をした少女が横たわっていた。
「君、誰だっけ? どこかで会った気がするんだけど……思い出せないや」とわたし。
 彼女は声も立てずに笑うと、
「忘れられちゃったんだ、わたし」と言った。

 わたしはなんだか申し訳ない気持ちになって、真剣に記憶をたぐる。白いユリの花が、まぶたの奥にちらっと浮かんで消えた。かすかに香りだけが残る。
 その香りは、少女の体から発せられているらしかった。匂いというものは、かぎ続けているとだんだんとわからなくなってくるものだが、いつまでも鼻の奥をくすぐっている。

 漠然としていた心の中の残像が、次第にはっきりと形をなしていく。

 あれはいつのことだったろう。わたしはとある山に迷い込んだ。雲間から差す月明かりは、梢の間から地面に注がれ、まだらな模様を作り出す。現世とはどこかかけ離れた、妖しい様相を呈していた。
 ひときわ明るく照らされた場所には、白いユリが一輪、花ほころんでいる。風がそよ吹くたびに、音もなくその身を揺らした。無邪気な笑い声が聞こえてくるかのようだった。

「君って、あのときのユリなの?」わたしは聞いた。
「やっと思い出してくれた。もちろん、そう。わたしはかつてユリだった」
「あれからずいぶんと経ったね。10年くらいかなぁ?」わたしがそう言うと、少女は首を振る。
「それじゃあ、きかないわ」
「20年?」
「ぜんぜんっ」
「君は覚えてるの? あれが何年前だったか」わたしは降参した。

「覚えてる。でも、過ぎた年を数えることになんの意味があるというの? だって、この宇宙が18回生まれ変わった大昔のことだもの」
「そうか、もうそんなになるんだ……」
 空は、まさに月が雲に飲み込まれていくところだった。辺りは見る見る暗くなっていく。
 わたし達は黙り込んだ。しんと静まり返ったなか、聞こえるものといえば、お互いの息づかいばかり。

 漆黒に包まれる刹那、ふと思った。
 あといくたび、宇宙の再生と破壊に立ち会うのだろうか、と。

 

もやし少年がさま変わりする

 

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中学時代の同級生とばったり会う。卒業以来だ。

 とはいえ、初めは誰だかわからなかった。
「よっ、久しぶり」先に声を掛けてきたのは同級生の方である。
「はい?」ちょっとびっくりして、相手をじっと眺めた。
「おれだよ、おれっ」彼はしきりに自分の顔を指さす。
 とっさに、いまはやりの「オレオレ詐欺」かと警戒した。

「あの、どなたでしたっけ?」わたしは用心深く尋ねる。
「なんだよ……本当にわからないのか」困ったような顔で肩をすくめる。そのしぐさを見て、あっと思い出した。クラスに、ひょろっとした大人しいやつがいたっけ。体が弱くて体育はいつも見学していたし、学校も休みがちだった。いつも、泣き笑いのような顔で肩をすくめるのが癖だった。
「なんだ、永沢かっ。早く言ってよ!」

 ずっと会わなかったからといって、顔を忘れていたわけではない。当時とはすっかり様変わりしていたのだ。
 かつての永沢は、食事ももらっていないんじゃないかというくらい、ガリガリに痩せていた。日陰で育ったもやしそっくりなので、あだ名もそのまま「もやし」。
 それがどうだろう。いま目の前にいる彼は、筋骨隆々、身長もわたしより30センチくらい高い。

 ん? 待てよ。さっきまでわたしとあまり違わなかったはず。いつの間にそんなに伸びたんだろう。

「どうした? ああ、おれの背のことか」永沢はわたしを見下ろしながら笑った。「おれ、ときどき成長期だからさ。急に背が伸びちゃうことがあるんだ。変だろ、笑っていいぜ」
「ふうん、そうだったんだ。てっきり、目の錯覚かと思った」
「うん、よく言われる」
 現在、道路公団で働いているという。トンネル工事を1人で任されているそうだ。

「すごいなぁ。大変なんだろうね、その仕事」
「いやあ、それほどじゃないさ。おれにはそれしか特技がないから」すでに5メートルは成長していた。頭上から声が降ってくる。
 現場がすぐ近くだというので、一緒に行くことにした。大きな岩山で、貫通すれば日本一長いトンネルになるという。
 永沢はいきなり、バリバリッと上着を引きちぎった。そのたくましい筋肉だけで。自分の頭ほどもある力こぶがボコンと盛り上がる。

「じゃあ掘るから、ちょっと離れててなっ」そう言って粘土でもえぐるように、岩をざくざくと堀り始めた。
 あのもやしが、よくここまで育ったものだ。わたしは感心して、ただ見守る。
「そのうち、ペンタゴンあたりからオファーが来るかもしれないね」わたしが言うと、手を止めて頭を掻いた。
「そうかなあ。悪くは……悪くもないな、それ……」

 トンネルは、あと1月ほどで貫通するそうだ。

 

 

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 町に1つだけある釣り堀へ出かけてみた。スクラップ置き場にわずかばかり空いたスペースだ。
 小さな池の前でわたしはあぐらをかき、のんびりと釣り糸を垂らす。水は錆色に濁り、底が見えない。日の光がみなもで揺れて、時折キラッと光るものがある。それらは水草なのだが、どれも金属でできていた。
 
 相当に深いらしく、釣り竿を沈めて水の中を探ってみても、いっかな手応えがない。
「底が抜けてるんじゃないだろうな。だとしたら、魚なんているわけがない。釣り堀屋に、一杯食わされたのかなぁ……」
 時折、糸をたぐって釣り針を確かめるのだが、エサを囓られている様子すらなかった。

 ふと思う。エサにアカムシを使っていたが、ここの魚はこんなものでは喰いつかないのかもしれない。
 ものは試しと、転がっていた硬貨大の歯車をエサ代わりにぶら下げてみた。

 池の真ん中辺りを狙って、竿を振る。歯車付きの釣り針が、ポチャンと音を立てて沈んでいく。
 波紋が岸に届く間もなく、たちまちアタリが来きた。
「わっ、反応はやっ!」わたしは立ち上がって踏んばる。かなりの引きだ。これは大物に違いない。

 リールを巻いていく。相手は釣られるものか、とグイグイと引っぱる。
 水面に影が見え、勢いよく水しぶきがはねた。ついに釣り上げた。50センチはありそうな、大きなコイだ。
 けれど、よく見ると何かおかしい。黒いウロコは、光の加減で虹色に反射し、尾びれにはスクリューがついていて高速回転している。
「クローム・メッキされた、機械の魚じゃんっ!」わたしは仰天した。あんまり驚いたものだから、タモを差し出してすくうのを忘れてしまう。
 機械の魚は、エサに使った歯車のかけらをぺっと吐き出すと、ザブンと池の中へ帰って行ってしまった。

「あ、しまった……」
 1匹釣ると100円貰えることになっていた。但し、場所代が1時間につき500円も取られる。
 まだ釣果は0だ。この調子では時間内に5匹以上など、とても無理だ。
「まったく割に合わないな。だいいち、あんな魚を釣ったところで、なんになるんだろう。鯉こくにするにしたって、よほど歯が丈夫じゃなけりゃ、食べるのも大変だ」
 独りごちながら、わたしはまた座り直した。

 別の歯車を探して結びつけると、わたしは再び釣り竿をしならせる。
 まあ、いいさ。鯉こくばかりが料理じゃない。うすーく刺身にでもすれば、食べられなくもないだろう。

 池の水は、さっきにも増して赤く淀んできた。 

 

恒例のカボチャ・レース

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 町内カボチャレースに、わたしは飛び入りで参加した。

 会場はすでに大勢が集まっていて、わいわいと盛り上がっていた。拡声器のハウリングに混じって、町長のがなり声がワンワンとこだまする。
「ご町内の皆様! これより、第2756回・カボチャレースを行います。参加者はエントリー・ナンバーの書かれたたすきを受け取って、待機してくださいっ!」

 わたしは受け付けに並び、たすきをもらう。ついでにレースの内容を係員に尋ねた。
「カボチャレース、これが初めてなんですけど、どんなことをするんですか?」
 古館一郎にそっくりな係員は、メガネの真ん中を指で押し上げる。
「みなさん、勘違いなさっているかと思うんですが、カボチャレースは、決してカボチャの馬車で競争をするとかじゃないんです。その点はまず、はっきりさせておかなくてはなりません。参加者には、三輪車があてがわれます。ええ、普通の三輪車。つまり、幼児が乗って遊ぶ、あの三輪車です。それに乗ってですね、町外れのカボチャ畑まで走ってもらいます。そう、ここからすでに競争になっているわけですね。それから畑のカボチャを拾って、三輪車の荷台に載せ、スタート地点まで戻ってきていただきたい、とまあ、こんなルールです」

 機関銃のようにこれだけのことを一気にまくしたて、「わかりました?」と言いたげに、じっとこちらを見つめるのだった。
「あ、はい。単純なルールなんですね。わかりました、ありがとうございます」わたしは礼を言い、待機場所の簡易テントへ向かった。

 レースはすぐに始まり、三輪車が次々と飛び出していく。
 それにしても、大の大人が真剣な顔で三輪車を漕いで走るのを見るのは、滑稽であり、情けないような、力の抜けた笑いが込み上げてくる。
 だが、笑ってばかりもいられない。順番が来たら、わたしもあんな姿をさらけ出すことになるのだから。

 いよいよ自分の順が回ってきた。(できるだけ)さっそうと三輪車にまたがると、合図を待つ。
 わたしはこの瞬間が苦手だ。緊張して鼓動が倍くらい速くなる。

 パンッとピストルが鳴った。
 総勢30名が三輪車のペダルをガチャガチャと音を立て、一斉に道路を走り出す。
 ちょっと出遅れたかもしれない。半数がすでに先を行っていた。負けず嫌いのわたしは、力を振り絞って追い上げる。1人抜き2人抜き、そして先頭に躍り出た。

 町を出ると、広大なカボチャ畑が広がっていた。そこかしこに、緑色をした大きなカボチャが転がっている。
 三輪車を飛び下り、畑の中をずぶずぶと走った。手近なところに落ちているカボチャを抱えて、三輪車へ取って返す。
(優勝はいただきかなっ)心の中でほくそ笑む。

 ここで問題が発生した。
 カボチャが大きすぎて、三輪車の荷台に載らないのだ。もたもたしているところへ、後続の三輪車が続々とやって来る。
「まずい、なんとかしなくちゃ……」
 とっさに思いついたのが、カボチャの中身をくり抜いて頭にかぶる、というアイデアだった。

 目鼻にもちゃんと穴を穿って前が見えるように工夫をし、わたしはカボチャをすっぽりとかぶる。
 これでよし! さあ、出発だ。

 カボチャをかぶり、三輪車でギコギコ町中を走る。沿道からの声援に混ざり、こんな声が聞こえてきた。
「やだ、あの人、カボチャかぶってる。カボチャ頭だわ。そうよ、カボチャ頭のジャックよ」

 脳みその代わりに、カボチャの種が詰まっている気がした。