ショパンのノクターン
友人の桑田から電話が来た。
「おい、むぅにぃ。今から来いよ。飯を喰わしてやるぞ」
いったい、どんな料理を作ってくれるのだろうか。わたしは自転車に乗って、すぐに彼の家へと向かった。
「来てやったよ」わたしは言い、ガララッと玄関の戸を引いた。奥から桑田が答える。「上がってこい。居間にいるから」
わたしは遠慮なく、ずんずんと入っていった。居間のテーブルには満漢全席さながら、ずらっと料理が並んでいる。席についていたのは桑田1人ではなかった。
隣に座っているのは、音楽室の肖像画でしか見たことのない、あのショパンその人。
「こちら、ショパン。たぶん、知ってると思うけど」と桑田が紹介する。
わたしは驚きのあまり、
「うそおっ、まだ生きてたのっ?!」本人を前に、大変失礼な発言をしてしまう。
しかし、ショパンは気にもしていない様子だった。さすがは、歴史に名を残す音楽家である。
ショパンは、「では、食事の前に、それがしがなにか曲を奏でてしんぜよう」と言い出す。まるで、時代劇のような口調だと思ったが、また失言になるといけないので口をつぐんでいた。
ショパンは、きょろきょろと辺りを見回している。どうやら、ピアノを探しているようだった。あいにく、桑田の家にそんなしゃれたものなどない。
昔買ったカシオ・トーンがあったじゃないか、と思い出し、それを持ってくる桑田。ショパンはほっとした顔をして、「ノクターン」を弾き始めた。
演奏をしながら、彼は言う。
「それがしのオリジナル曲なんだがね。自分の曲を自分で弾いて、それをよそ様に聴かせるなんざあ、照れる、照れる」
ショパンという人がとても庶民的で、愛おしく思えてきた。
「ショパンさんの曲は前から好きでしたよ。ほら、今カシオ・トーンの『ピアノその1』の音色で弾いている、その曲だって」わたしは、彼をとことん、褒めちぎりたくてしかたがなくなっていた。
その言葉を聞き、ショパンはまんざらでもない表情を浮かべる。
「ノクターン」を弾き終わると一息つき、
「次の曲は、それがしがまだ誰にも聴かせたことのない、とっときだぞ。さあ、遠からん者は目にも見よ、近くば寄って耳に聴け!」
確かに知らない曲だったが、どの断片を切り取っても、やはりショパンらしい名曲だった。
心地よく耳で味わいながら、そういえば、ショパンはピアノが弾けるんだったなあ、としみじみ思うのだった。